榛の会版画展―武井武雄と版画のスゴい仲間たち
大学が春休みなので、長野県の実家に帰省中。
実家と同じ市内にあるイルフ童画館に行ってきた。
イルフ童画館は、武井武雄(1894~1983)の作品を扱う美術館として有名だが、実はモーリス・センダック(1928~2012)の作品も数多く所蔵する美術館だ。
武井武雄とは、子どもたちのための絵本やイラストを多く手掛け、「童画」という言葉そのものを創り出した方である。美術館の名前ともなっている「イルフ」とは反対から読むと「フルイ」。つまり古いの反対で新しいという意味を持っている。
武井が活躍した大正・昭和では、子ども向けの歌や文学が発達し、数多くの書籍が世に出回っていたが、その中でも絵は書籍の中の「添え物」扱いとされており、歌や文学とは対等に扱ってはもらえていなかった。
武井は絵だって子ども達を喜ばせることができる!そう確信をして絵も独立した芸術の一つだと主張し、童謡・童話と並べて「童画」を生み出したのである。
そんな童画界の神様のような武井は地元では大々的に取り上げられていて、街中で武井がデザインしたイラストを用いたレリーフや旗、看板などを見ることができる。地元の小学校の授業でも、長野出身の偉人として度々授業で扱われ、社会見学でもこの美術館には何度もお世話になった。ちなみに私の高校のOBでもある。
武井が創り出すキャラクターは、お化けや妖精、動物が主でとってもファンタジー。大正昭和に生まれたノスタルジックでレトロなかわいらしい作風なのだが、ただかわいらしいだけではなく、どこか毒っ気(妖しさ?)があるような雰囲気がある。(と私は思うのだが・・・。)そんな毒っ気が私は好きで、イルフには帰省するとよく訪れる美術館でもある。
写真OKコーナー。ちょっぴり妖しい雰囲気のあるこの作風が好き。最近ではグッズ化にも積極的で、Tシャツブランドで有名なグラニフとのコラボで武井柄のTシャツやパーカー、ワンピースなども売られているほど。私も買ってしまった。
今回の企画展は「榛の会版画展」。2階の企画展示室には榛の会メンバーの作品が中心に展示されていた。
榛の会とは、1935年に武井が主催した版画技術向上のために発足された会のこと。この会が行っていることはとてもユニーク。年賀状のデザインを版画で制作し、それを交換するというもの。各会員は、送られてきた年賀状を「もらって嬉しかったもの」と「そうではなかったもの」に分け、投票する。投票された数によって来年もこの会に参加できるかどうかが決まるのである。
有名無名関係なく、版画を極めたい人なら誰でも参加できるこの会には数多くの作家が参加していた。
恩地幸四郎(1891~1955)や棟方志功(1903~1975)を始め、駒井哲郎(1920~1976)関野準一郎(1914~1988)などそうそうたるメンバーもこの会に出席しており、彼らの作品も展示されていた。
展示されていた関野の≪東京の窓≫という作品に描かれているレンガ造りの橋は川瀬巴水(1883~1957)の日本橋の絵を連想させたが、今思うとやはり日本橋を描いていたということなのかな。東京ってタイトルについてるし。
彼らの版画作品の世界に浸れることができたのはもちろんだが、企画展で榛の会の存在を知り、武井がいかにまめな人であったかを知ることができたのが一番の収穫であったと思う。
榛の会メンバーには武井が制作した会報誌が送られる。会員の乾燥や、アルバム制作の裏話を武井ががり版印刷をしてメンバーに送っていた。ハガキサイズの紙にはびっしりと文字が書き込まれており、表紙も発刊する度にデザインや色を変えて凝ったデザインである。会員が制作した年賀状を入れるホルダーなんかまで作っていたのだから、武井の中では榛の会が自分の中でいかに大きな存在であったかを想像することができる。武井自身、仕事も忙しく、様々な仕事を行っていた中で、会報誌の制作まで自分で行っていただなんてすごい。
イルフに行くたびに、武井の作品をテーマごとに変えて展示しており、よくこんなに作品を制作していたなと毎回感心しているのだが、イラスト制作だけでなく、おもちゃの設計図や、ハンコ、陶器まで作っていたのだから、興味を持ったことにはとことん追求する武井の芸術に対してのストイックさには尊敬の念を抱く。
この美術館は教育普及活動にも熱心で、毎週のように多彩なワークショップが開催されている。大学の授業で美術館の教育普及活動についてもかなり勉強したが、イルフは他の美術館よりもかなり積極的に行っている美術館だと思う。子ども向けのワークショップも多く、武井自身が子ども達のために作品を描き続けたように、美術館自体も子ども達に向けた楽しいワークショップづくりや、無料開放されている絵本の閲覧室の環境づくりなど武井の理念をしっかりと引き継いでいる良い美術館であると私は思う。
後、フライヤーも毎回凝っていて、美術館のフライヤーを普段からもらいまくり、手に入れた物を全てをファイリングしている私の主観でいうと材質といいレイアウトといいとても良い。一部を切ってブックカバーにしてもかわいいと思う。
最後はそこらへんの大学生が何を上から目線で言っているんだと偉そうなことばかりを述べてしまったが、大好きなこの美術館はこれからも応援していきたい。きっと熱心な学芸員さんがいるのだろうな。
ぜひ長野県に遊びに来たら寄ってみてください。諏訪湖も近いし、おいしい鰻屋さんやお蕎麦屋さんも近くにありますよ!