おうちで美術館 切手②
前回のブログでは、先日発売されたばかりの切手について紹介しましたが、今回は半年ほど前に購入したとある切手を紹介。
実は、郵便料金が値上がりする直前に発売されたものなので、これ一枚貼ってもお金が足りない。手紙を出す際には一円切手をせっせと貼らなければならない。
なぜあのタイミングで発売をしたんだ・・・・・。
そして、なぜ購入したのだ・・・という方もいらっしゃるかもしれないが、実は今回デザインに採用された絵師は個人的に応援している絵師だったからなのです。
その切手がこちら。
数少ない線で的確に表わされた動物たち。色合いもポップで、かわいらしい。
一体どんなイラストレーターが描いたのかしら。絵本の挿絵なのでは、などど思ってしまうかもしれない。
ところがどっこい。
実はこの動物たちを描いたのは江戸時代の絵師。
その名は鍬形蕙斎(くわがたけいさい)。
江戸時代中期から後期に活躍した人物(生没年は1764~1824年)で、同時代では葛飾北斎とほぼ時代がかぶる浮世絵師。
この方は、浮世絵師として出発するも、後に藩の御抱絵師に抜擢されたという、歴代の浮世絵師の中でも異例な出世を遂げた人。
浮世絵は現在だと、美術館や博物館に並ぶような「芸術品」として展示されていますが、当時としては町職人が作った「商品」。
なので、例えるならば、生計を立てるために毎日商品を生産していた職人がある日、県(藩)に呼び出され、県(藩)公認お墨付きをもらい、県から直接注文を受けるようになった感じでしょうか。実際、蕙斎は津山藩(現在の岡山県)の御抱絵師にはなるものの、人生の大半は江戸で暮らしていた上に、お給料も決して良いものではなかったようで、御抱絵師になった後も、町の浮世絵師としての活動も続けていました。
切手となったこれらの絵も、御抱絵師になった後に制作されたものです。
切手の印刷の色合いは少々濃い目ではありますが、本物もおおよそこのような感じの色合い。
元々は江戸時代の大衆が気軽に手にすることができた書籍で、本のタイトルは『略画式』。
こうした本は「版本」と呼ばれ、浮世絵と一緒に専門の本屋さん(草双紙屋)で売られていました。
浮世絵や版本は「摺って作られる」印刷物なため、大量生産され、多くの人々の目に留まっていました。
『略画式』はページを開くと、物語や文章が書かれているわけではなく、ひたすら切手に描かれているような軽快なタッチの万物(動物以外にも、人間や風景、季節を感じるものなど)が1頁ごとに数個ずつ描かれています。
つまりこの絵(書籍)は、「絵が上手くなりたい人のための絵手本帳」なのです。
大量に印刷された書籍だったので、全国の様々な美術館や博物館に収蔵されており、現在も古本屋で購入することができます(決して安くはありませんが)。
当時の人々はこの『略画式』を見ながら絵を練習したそうで、書籍の中には練習をしたと見られる落書きの跡が残っているなんて報告された論文もあるほど。
今も昔も人々を魅了する素敵な絵なのです。
まずは82円切手から。
丸みを帯びた象がかわいらしい。
数少ない筆数で物事をとらえるのが上手な絵師であったことがよく分かります。
こちらは62円切手。
うずらのおしりがかわいい。
『略画式』が大ヒットすると、今度は人物の動きを集めたものや、草花、山の風景、動物、魚や貝等、ジャンル別にそれぞれ『草花略画式』『人物略画式』などが作られ、どんどんシリーズ化していくのでした。
蕙斎(けいさい)は、こうしたイラストに近い絵ばかりでなく、江戸の町を見下ろした鳥瞰図(日本を見下ろす超規模の大きい鳥瞰図も制作している)や、江戸時代の働く人々を巻物仕立てにした絵巻物など写実であったり、風俗であったり幅広い画題と画風で絵を残しています。
実際に、左端のお猿さんなんかを見ていると、この構図は古くからの屏風に描かれているお猿さんの構図であったりもするので、絵画に関する知識も充分備わっていたのではないかと。
御抱絵師になった後に、狩野派にも弟子入りをしている(!)ので、町の一介の浮世絵師とは異なる正統派な絵画の教えも教わっていたかもしれません。
様々な画風を駆使し、あらゆる媒体で活躍していた蕙斎。まだまだ面白エピソードが盛りだくさんなので、もっと多くの人々に知ってほしいな。
なぜ、切手に『略画式』が採用されたのかは謎ですが、知られていない作品を切手にするのは、一般の人々にも知ってもらう良いチャンスだと思うので、今後もどんどん思い切ったチョイスで切手を作ってほしいです。