江戸絵画ミラクルワールド 奇想の系譜展―東京都美術館
日本美術史に関する書籍は沢山売られているけれど、『奇想の系譜』ほど長年にわたって読み継がれている本もそう多くはないはず。
この本は当時の美術手帖の連載を書籍でまとめたもの。今回の『奇想の系譜展』はその書籍に登場する岩佐又兵衛、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、狩野山雪、歌川国芳の作品を取り上げていく一方で新たに白隠、鈴木其一を入れた豪華な江戸絵画の展覧会だ。本を基に展覧会が作られるというのも新鮮で面白い試みだと思う。
書籍が刊行された当時は、若冲や蕭白が美術史の中に入ることはなくゲテモノ扱いをされていて、著者の辻先生は従来の日本美術史に毒を盛るつもりでとりかかったそう。実際に刊行されてから何十年も経った今、日本人はまさに辻先生の「毒」にやられている。しかも、日本美術の展覧会自体がブームにさえなっている。特に、昨今の若冲ブームはすさまじい。日本美術といえば?と聞かれたら「若冲!」と答える人と「雪舟!」と答える人数は良い勝負なのではないだろうか。
当然私も毒にやられた一人だ。
江戸絵画を見る展覧会としても充分に堪能はできるけれど、それ以上に辻先生の存在から美術史を学ぶ意義を考えるようになった。
内覧会に行った時点で大混雑だったので、会期中は若冲展のように大行列何時間待ちを予想していたけれど、ツイッターで芦雪のワンちゃんが混雑情報を教えてくれる限りでは意外に若冲展ほどは並んではいないみたい。展示入れ替えを目安に私もワンちゃん情報をチェックしながら機会を伺っている。
展覧会で私が最も楽しみにしていたのは蕭白だ。後期では蕭白の中でも特に好きな《美人図》(手紙を食いちぎっているやつ)と《柳下鬼女図》(顔部分が傷んで見えなくなっているのが怖さを増しているよね・・・)が出るので絶対に行かなくちゃ。蕭白はこういう女性をどこで見たんだろう。
どこかで蕭白は「変人ぶりを演じていた」と聞いたことがある。数々の奇想の作品群から蕭白そのものも変な人ではなかったかという話もあるけれど、ある意味自己プロデュースの一種で、蕭白の行動も作品だったのである。私もその意見に賛成。
蘆雪の方がよっぽど「変人」だっただろうな・・・芦雪の中では《なめくじ図》が個人的に大ヒットだった。
一匹のなめくじと紙にいっぱいの通った「跡」を描く発想に拍手。なめくじの通った跡ってキラキラしているというかぬるぬるしているというか、水分が目に見えるわけだけど、芦雪はどこで見たんだろう。現代だと窓やガラスの上、大理石や加工されたつるつるとした石の上だと通った跡が見えるけれど、江戸時代にこうしたなめくじの通った跡が見えるくらいの「つるつるした」物質があったのかが気になる。
プライスさん所蔵の《白象黒牛図屏風》は最近、三井記念美術館でほぼ同図の作品が展示されていて、芦雪は何度か同じ題材を描いていたことが自分の中で分かったんだけど、三井記念美術館のワンちゃんが全然顔がかわいくなかった・・・・。ちょっと人をバカにしているような顔をしていた・・・・今回の展示でプライスさんが所蔵しているほうのワンちゃんの方がかわいかったな。
見方がガラッと変わったのは岩佐又兵衛。出光や山種で何度か見た事があったけれど山中常盤は初めて。強烈な残虐描写が有名で、辻先生も書籍の中でそのことについて言及されていた。山中常盤にも痺れたけれど、個人的には《本性房怪力図》。
本性房という僧が巨大な岩を持ち上げて、崖の下にいる人々に向かって投げようとしている様が描かれているが、本性房の右側奥で笑う傍観者の冷ややかな笑いが怖かった・・・・。
又兵衛は自身が赤ちゃんの頃に目の前で母親が殺された経験を持っていることから、残虐なシーンに母を殺した相手への恨みを重ねているとも言われている中で、個人的には残虐なシーンも残虐な場面を嘲笑する傍観者も人間の心の残虐性を表面化させていたんじゃないかと思った。
ちなみに、今回内覧会の時に展示を見る前にトイレへ行こうとしていたときに私の前を村上隆さんが歩いていたらしい・・・・・トイレのことしか考えていなかった過去の自分を責めまくっている。その後は美術界で著名な先生方や、おにぎり頭がトレードマークのあの方を見ることができた。
そして展覧会を記念して横尾忠則さんが『奇想の系譜展』にちなんだ作品を制作したということで、色々想像していたけれど、思っていた作品と全く違っていた。もっとコラージュや反復したモチーフを扱うのかと思っていたのでびっくり!横尾さんは蕭白が大好きでこれまでにも自身の作品に蕭白を取り入れてきたそう。
2月10日に東京国立博物館で行われた辻先生と山下先生の小学館文化講演会「若冲だけじゃないぞ!-いま『奇想の系譜』を読み直す」を聞きにも行きました。
スライドに映し出される絵画作品に、辻先生はその度に「面白い~」と朗らかに仰っていたのが印象的だった。何十年も研究を重ねた80代の先生が「面白い~」と笑っているのだから、この気持ちは忘れてはいけないと思うと強く思った。
山下先生は辻先生の教え子でもあり(『奇想の系譜展』は辻先生に対する親孝行だと仰っていた)、辻先生にお茶を注いだりマイクの位置を気にかけていたり、いつもの先生の講演や授業では見せない顔だったのも印象的だった・・・・・!
最後に辻先生が「奇想を競う!」とダジャレを言っていた。素敵な先生だ。